休ませる勇気が持てなかった母親の本音

02 不登校ママの心にそっと

 わかっている“つもり”だった

「無理しなくていいよ」

「休んでも大丈夫だよ」

そんな言葉は、頭では理解していました。

娘にも、そう伝えてきたつもりでした。

けれど、いざ“学校を休むかどうか”という場面になると、

私の心は大きく揺れました。

わかっていることと、

決断できることは、まったく別でした。


休ませることが怖かった理由

もしここで休ませたら、

このまま足が遠のいてしまうのではないか。

タイミングを間違えて、

取り返しのつかないことになったらどうしよう。

そんな不安が、いつも頭の中を占めていました。

休ませることは“優しさ”なのか。

それとも“逃げ”なのか。

正解がわからないまま、

私は「行かせる」という選択をする日もありました。


あの時の判断は、どうだったのだろう

後になって、

あの頃の気持ちを娘に聞く機会がありました。

その言葉は、今も私の中に残っています。

あの判断は間違いだったのかもしれない。

でも、あの時の私は、あれが精一杯だった。

母親の選択は、いつも“最善”を探してのもの。

それでも、後悔や迷いは消えません。

白か黒かでは割り切れないのが、

子育てなのだと感じました。


限界だったのは、子どもだけではなかった

学校との距離に悩む時期が続いた頃、

私はようやく気づきました。

揺れていたのは、子どもだけではなく、

私自身もそうだったということに。

「大丈夫」と言いながら、

本当は余裕なんてなかった。

小さな“家”という空間の中で、

私は少しずつ、自分を後回しにしていました。


休ませる日も、背中を押す日も

休ませた日もありました。

背中を押した日もありました。

どちらの日も、私は迷っていました。

あの時の選択が正しかったのかどうかは、

今もはっきりとは分かりません。

でも、ひとつだけ確かなのは、

どの決断も“守りたかった”から生まれたということ。

子どもを思う気持ちがあるからこそ、

母親は揺れるのだと思います。

もし今、同じように迷っているなら。

あなたの選択も、きっと愛から始まっています。

そしてどうか――

あなた自身の心も、置き去りにしませんように。


子どものことを考えるほど、親の心も揺れてしまうもの。
もし今、ひとりで抱えているなら、よかったらお話ししに来てください。

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