見えてる出口、望む出口

02 不登校ママの心にそっと

朝がつらくなる日々

学校に行けるか行けないか、その瀬戸際は、多くの場合、朝に訪れます。

しかし、娘は次第に朝起きられなくなっていきました。

生活リズムの乱れ、メディアの見過ぎ、さらに起立性障害の可能性まで考え、小児科を受診すべきか悩む日々が続きました。

朝、起きない娘に困り果て、つい「誰かに起こしてもらえれば起きるかも」と思い、夫に頼ってしまったことで、状況は悪化してしまいました。


早くこの苦しさから抜け出したかった

あの頃の私は、とにかくこの状況を何とかしたい一心でした。

娘のことを思っていなかったわけではありません。

ただ、先の見えない毎日の中で、親子ともに苦しい状態から抜け出せる出口を必死に探していたのです。

実はその頃、私自身も持病を抱え、決まった時間に薬を飲む必要がありました。

しかし、不登校になりつつある子どもと向き合う中で、薬を飲むことすらままならなくなるほど、全てが混乱していました。

普段は物事をコツコツ積み重ねるタイプですが、子どもとの葛藤の中で気力も体力も尽き、体を守るために続けてきた習慣さえ、どうでもよくなってしまったのです。


見えていた出口

当時の私には、ひとつの出口しか見えていませんでした。

「娘が学校へ行けるようになること」。

その扉さえ開けば、この苦しさは終わる。

そう信じていました。

だからこそ、その出口に向かって必死にもがいていました。

けれど、見えている出口だけが、本当に進むべき出口とは限らなかったのです。


別の扉に気づく

少し立ち止まって自分を見つめてみた時、私は別の扉の存在に気づきました。

それは、「自分をいたわること」。

そして、「今の自分を受け入れること」。

娘を変えるための出口ではなく、まず私自身の心を守るための扉でした。

その扉を開いたからといって、すぐに問題が解決したわけではありません。

それでも、自分を責め続けながら見えている出口だけを追いかけるより、ずっと呼吸がしやすくなりました。


望む出口

あなたは今、どんな出口を探していますか?

目の前に見えている出口だけを目指していませんか?

もし苦しさの中にいるのなら、一度周りを見渡してみてください。

もしかすると、その近くには別の扉が静かに用意されているかもしれません。

焦って見えている出口に向かわなくても大丈夫。

自分自身をいたわる扉を開いた先にこそ、本当に望んでいた出口が見つかることもあるのです。


出口を探し続けて苦しくなった時は、まず自分をいたわる扉を開いてみませんか。

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